第1回「笹本恒子写真賞」受賞者、25年間アイヌを撮り続けた宇井眞紀子さんに決定

第1回「笹本恒子写真賞」受賞者決定
25年間アイヌを撮り続けた宇井眞紀子さん

2016年春、名誉会員の笹本恒子さんから「写真家の活動を支援するために自己資金を寄付したいので協会で役立てて下さい。」との申し出があった。理事会で検討し、フォトジャーナリストとして活躍し、3 年以上の実績のある写真家を対象にした「笹本恒子写真賞」を創設することにした。
2017年2月、写真業界の有識者150名に受賞者の推薦をお願いし、受賞候補者を選んでいただき、2017年3月の締め切りで、16名の受賞候補者が推薦された。

最終選考は2017年4 月、椎名誠(作家)、大石芳野(写真家)両氏と写真家協会の会長熊切圭介が16名の候補者の写真集や資料を丹念に見聞し、最終候補者を5名に絞り込み検討の結果、宇井眞紀子さんの25 年間にわたって先住民族アイヌを撮り続けてきた写真活動を評価し、第1 回の「笹本恒子写真賞」を贈ることにした。

6月3日、受賞発表会風景(東京都写真美術館)撮影/出版広報委員・池口英司「写真賞」の記者発表は2017年6月3日(土)、笹本恒子さんとむのたけじさん出演の映画「笑う101歳×2」(監督河邑厚徳)の初日舞台挨拶あとの午後1時30分から、東京都写真美術館4階の会議室で行った。

はじめに受賞者の宇井眞紀子さんから「第1 回の笹本恒子写真賞を受賞することは、夢にも思っていなかったので、お知らせを聞いたときは、とてもびっくりしました。笹本さんのお写真もご著書も拝見していたので、作品はもちろん、ひとりの女性としてとても魅力を感じていた笹本さんのお名前を冠した賞をいただけるなんて、本当に光栄です。25 年間アイヌ民族を取材してきたことを評価していただき、地道な仕事を見ていてくださる方がいてくれるんだなぁと、嬉しく思いました。

長い間、密着取材することを許していただいたアイヌのみなさんをはじめ、沢山の方々に支えていただいたみなさまに、感謝の気持ちを伝えたいです。笹本さんのお名前に恥じぬよう、これからも精進していく所存です。」と受賞の言葉を述べられた。

笹本さんからも「宇井さんおめでとう。私も以前アイヌ民族の方を撮ったことがありましてね、その時の衣装がとっても素敵だったことをよく覚えていますよ。これからも取材を続けて下さいね。」とお祝いと励みの言葉がかけられ、宇井さんは満面の笑顔で感激されていた。

笑顔で写真撮影に応じる笹本恒子さん(左)と宇井眞紀子さん(右)撮影/出版広報委員・池口英司受賞発表会には朝日新聞社、毎日新聞社、共同通信社、北海道新聞社をはじめ名古屋テレビ、新潮社、日本カメラ誌など10社の取材があった。
さて、この賞の設立の経緯は、笹本さんの寄付による資金を基金に、地道に活動を続ける写真家を支援するために、わが国初の報道写真家として活躍された笹本恒子さんの名を冠した写真賞を創設し顕彰することにした。

協会は既にフォトジャーナリストとして知名の名取洋之助氏の名を冠した写真賞を設け、新進写真家の発掘を行っているところに、新たに実績のある写真家を対象とした写真賞を設けたことで、名実ともに写真家の活動を幅広く支援する体制を強化したと言える。「笹本恒子写真賞」の概要は以下の通り。

カムイノミ(神への祈り)は、キャンプを楽しむ人びとで賑わう、多摩川河川敷で行なわれた。(1999.8.8)撮影:宇井眞紀子  アイヌ文様の刺しゅうが入った着物をかけて、工芸品展示会会場の片隅で眠る女の子。(2008.4.26)撮影:宇井眞紀子

「笹本恒子写真賞」概要

この賞は笹本さんの「時代を捉える鮮鋭な眼と社会に向けてのヒューマニズムな眼差しに支えられた写真群」を顕彰するために設けられ、その精神を引き継ぐ写真家の活動を支援することを目的にしている。

受賞対象者:年齢、性別を問いません。
写真の範囲:プロ写真家として3 年以上の実績をもち、現在活動中の写真家。ドキュメント、フォトルポルタージュを主に時代の動向を継続的に鋭く捉えて、種々のメディア等で発表、展示活動などで評価を得られているもの。
写真の種別:カラー、モノクロ、デジタルを問いません。
受賞作品展を開催するにたる作品(30~ 50点)の提供ができる方。といった条件を満たした写真家を、有識者から推薦していただき、選考委員会でもって決定する。
受賞者には、賞金として30万円、写真展の開催が行われます。

第1回「笹本恒子写真賞」の表彰式は、12月13日(水)アルカディア市ヶ谷で行い、写真展は12月14日(木)~20日(水)アイデムフォトギャラリー「シリウス」
で行う。

(記/副会長・松本徳彦、撮影/出版広報委員・池口英司)

宇井眞紀子(うい・まきこ)

宇井眞紀子氏

宇井眞紀子氏

1960年千葉県生まれ。

1983年武蔵野美術大学卒業。

1985年日本写真芸術専門学校卒業。

写真家・樋口健二氏に師事。同時に写真家としてフリーランスで活動を開始。
写真集に『アイヌときどき日本人』(社会評論社)、『アイヌ、風の肖像』(新泉社)、『アイヌ、100人のいま』(冬青社)、『眠る線路』(ワイズ出版)など。

ロンドンのナショナルジオグラフィックストアギャラリーなど国内外で数多くの個展を開催。

第4 回さがみはら写真新人奨励賞受賞。第28回東川賞特別作家賞受賞。

公益社団法日本写真家協会会員。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会会員。日本写真芸術専門学校講師。武蔵野美術大学非常勤講師。

http://www.makikoui.com/

https://www.facebook.com/uiouen

笹本恒子(ささもと・つねこ)

笹本恒子氏

笹本恒子氏

1914(大正3)年東京生まれ。

画家を志してアルバイトとして東京日日新聞社(現毎日新聞社)で、紙面のカットを描いていたところ、1940(昭和15)年財団法人写真協会の誘いで報道写真家に転身。

日独伊三国同盟の婦人祝賀会を手始めに、戦時中の様々な国際会議などを撮影。

戦後はフリーとして活動をし、安保闘争から時の人物を数多く撮影。JPS 創立会員。
現在102歳で、写真集の出版、執筆。写真展、講演会等で活躍。
受賞歴:1996年東京女性財団賞、2001年第16回ダイヤモンド賞、2011年吉川英治文化賞、日本写真協会功労賞、2014年ベストドレッサー賞特別賞受賞。

2016年写真界のアカデミー賞といわれる「ルーシー・アワード賞」受賞。

 

 

選評・大石芳野

「第1回の写真賞を審査するに当たって受賞候補者の推薦をお願いしたところ、男女問わず16人の写真家が推薦された。
どの人の作品も『笹本恒子・日本初の女性報道写真家』を記念する賞に相応しいドキュメンタリー写真の力作揃いで甲乙がつけがたいものがあり、審査員は苦慮を重ねることになった。そして話し合いの結果、全員一致で宇井眞紀子さんの写真集『アイヌときどき日本人』(2009年)、『アイヌ、風の肖像』(2011年)を含む宇井さんのこれまでの実績が評価されて第1回の受賞者が決まった。

宇井眞紀子さんは25年以上にわたってアイヌを撮り続けている。北海道ばかりではなく日本各地に住む彼らを訪ねて、丹念に付き合いながらレンズを向けてきた実績が写真から伝わってくる。若い二人の結婚式から赤ちゃん誕生、成長などの姿を何年も追い続けるばかりか、地域の自然環境が壊されていく有様も丁寧に追う。さらに、アイヌが日本の先住民族だという誇りを携えながら北アメリカ、タスマニア、オーストラリアなどに住む先住民族と触れ合う姿もカメラに収めた貴重な記録である。

現在、先住民族の存在と価値が世界で見直されている一方で、たとえば米国のトランプ大統領は彼らを蔑ろにして経済優先の舵を切った。日本では北海道の二風谷に、アイヌたち住民の大反対を押し切って1996年にダムを完成させたが、その後、無惨な姿と化したことを宇井さんは捉えている。こうした根本的な思いを彼女は『東京周辺にも5,000人のアイヌが住んでいることを知り、決心はさらに固まりました』と綴っている。

報道写真は先ずは対象を撮るだけで重要な役割を果たすのだけれど、同じように奥深いところまで汲み取った表現がいかにできるかも大事な要素と言える。そういったことから考えても宇井さんの写真には、アイヌ民族が抱え込まされた理不尽さと同時に伝統的な祀や文化の輝かしさもしっかりと描かれている。何よりもモノクロームのトーンの美しさがアイヌの人たちの表情に重なって、一見、地味に見えるものの実に奥深い写真に出来上がっている点も評価されて受賞に導かれた。

最後に残った写真家とその作品集には、筋ジストロフィー患者が子どもから成人に成長した今日までを追った『しんちゃん』シリーズや「フクシマ」を震災直後から継続的に撮り続けている菊池和子さん、変容するモンゴルを撮影した『CHANGE』などの清水哲朗さん、そして『耕す人』の公文健太郎さん、『ParkCity』の笹岡啓子さん、『キルギスの誘拐結婚』、『ヤズディの祈り』の林典子さんの実績もそれぞれ高く評価された。」