2009年第5回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

第5回「名取洋之助写真賞」受賞作品展開催のお知らせ

第5回「名取洋之助写真賞」受賞作品展を2010年1月29日(金)より開催します。
30歳までの”新進写真家の発掘と活動を奨励する”ために創設した「名取洋之助写真賞」第5回の受賞作品展が東京と大阪で開催されます。
展示作品は「名取洋之助写真賞」の久塚真央「ゆびさきの星 つまさきの星 こころのなかの星」(モノクロ30枚)、「名取洋之助写真賞奨励賞」の三澤史明「幸福論」(カラー30枚)です。
入場無料、会期中無休。

会期:2010年1月29日(金)~2月4日(木)時間:10:00~19:00(最終日は14:00)会期:2010年2月26日(金)~3月4日(木)時間:10:00~19:00(最終日は15:00)協力:富士フイルム株式会社

東京会場 富士フイルムフォトサロン/東京(フジフイルムスクエア2F
大阪会場 富士フイルムフォトサロン/大阪(富士フイルム大阪ビル1F
主催: 社団法人日本写真家協会

第5回 平成21年(2009年)

社団法人日本写真家協会が新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している30歳までの写真家を対象とした第5回「名取洋之助写真賞」の選考審査会を、8月24日(月)JCII会議室で、金子隆一(写真評論家)、椎名誠(作家・写真家)、田沼武能(社・日本写真家協会会長)の3氏によって行いました。
応募者はプロ写真家から16歳の高校生までの52名、53作品。男性37人、女性15人。カラー23作品、モノクロ26作品、カラー・モノクロ混在4作品でした。
選考は30点の組写真のため審査会場の制約もあり受付け順に10作品ずつ6回に分けて行い、第一次審査で22作品を選び、第二次審査で、8作品が残りました。最終協議の結果、下記に決定しました。
量的には応募者・作品数とも、昨年、一昨年同様50作品を超え、また質的にもレベルの高い作品が多く寄せられました。
○二次審査通過者
三澤史明「幸福論」
樋川佑輔「Life in Stung Meanchey」
綿貫淳弥「豪雪の村」
久塚真央「ゆびさきの星 つまさきの星 こころのなかの星」
山下隆博「Suicide Spiral」
加藤圭祐「Global downturn is hurting brothels」
岩本悟「内へと退く旅」
幸田大地「Dalit-抑圧されし者」

○三次審査通過者
久塚真央「ゆびさきの星 つまさきの星 こころのなかの星」
三澤史明「幸福論」

授賞式・受賞作品展

平成21年8月24日 JCII会議室 撮影・木村惠一

授賞式
平成21年(2009年)12月9日(水)午後5時
アルカディア市ヶ谷「富士の間」
受賞作品展
富士フイルムフォトサロン
東京・平成22年(2010年)1月29日(金)~2月4日(木)
大阪・平成22年(2010年)2月26日(金)~3月4日(木)

(平成21年8月24日 JCII会議室 撮影・木村惠一)

名取洋之助写真賞(1名)

久塚真央(ひさつか・まお)
1981年 福岡県生まれ。28歳。
2006年 東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、
2006年 同大大学院修士課程入学、
2008年 同大大学院修士課程修了、
現在フリーで活動中、東京都在住。
「ゆびさきの星 つまさきの星 こころのなかの星」 (モノクロ)
作品内容
「全盲の子が、粘土で作った動物園にすごく感動した」という友人の言葉に衝撃とときめきを覚えた作者は、その事実と本質を自分の肌で感じたいと、ある盲学校で撮影を始めた。初めて接する目の不自由な子ども達や様々な「しょうがい」を持つ子ども達に戸惑いながらも、彼らの未知の感性から多くの事を学び、豊かな刺激を受けた、詩情溢れるタイトルも物語る、瑞々しく新鮮なドキュメンタリー作品。
受賞者の言葉
このような賞に選んでいただき、本当にありがとうございます。そして素敵な子供達、またそんなお子さん達を育てていらっしゃり、撮影を快諾して下さった、保護者の皆様に何と言えばよいか、分からないくらい感謝しております。この作品は、色々な人の支えと理解で出来上がった作品です。たくさんの「ありがとう」で、仕上げたつもりです。これを励みに、これからも日々努力精進してゆきたいと思います。ありがとうございました。

奨励賞(1名)

三澤史明(みつざわ・しめい)
1980年 新潟県生まれ。29歳。
2005年 飲食店を退職、
日本写真芸術専門学校夜間部入学
2007年 同校卒業、
写真家竹内敏信氏のアシスタントを務め、現在に至る。
千葉県在住。
「幸福論」 (カラー)
作品内容
作品の素材となったのは、銀座の歩行者天国である。休日の銀座特有の味わいに、美しい時間と暖かい光景を感じるという作者の眼は、車と分離され人為的、限定的に安全を確保されたその歩行者天国の風景を幸福という観点から切り取っていく。ややシニカルな趣きも醸し出すそのタイトルと写真群が、ドキュメンタリーの新たな一面を感じさせる作品である。
受賞者の言葉
受賞の一報を受け嬉しく思うと共に、発表の場を与えて頂けることに感謝致します。僕はカメラの持つ記録性に魅力を感じ、失いたくないものにカメラを向けているように思います。銀座の歩行者天国を通して私達が大切にすべきものがそこにはありました。幸せの価値観は千差万別です。しかしながら様々な不安や悩みを抱える世の中で、それでも紛争のないこの国と人を尊く誇りに思い、愛こそ心を満たす幸福だと、僕は思うのです。

審査総評

第5回名取洋之助写真賞の選考を終えて

田沼武能 田沼武能(日本写真家協会会長)
名取洋之助写真賞の応募作品は、レベルが高く、技術的にも水準以上の写真がほとんどである。それぞれが長い時間をかけて制作し、応募しているので、内容がしっかりしたものが多い。その中で作品を選出しなければならないので、審査する者も真剣である。三回の票による選考の後、討議が行われ、久塚真央の「ゆびさきの星 つまさきの星 こころのなかの星」が第5回名取洋之助写真賞に決定した。
久塚真央は「全盲の子が、粘土で作った動物園にすごく感動した。」と知人から聞き、全盲の子どもたちが見たことのないゾウやキリンのイメージをどうやって作り上げてゆくのかに関心を持つ。そして1年間盲学校に通い、子どもたちに接し、さまざまなことを経験し、知識をもらい写真に表現している。ストーリーは盲人用タイプを打つ少年の明るい笑顔から始まる。そして子どもたちの手で触れて形を知り、肌で触れ、臭いを知り、音をききイメージを想像してゆく。その折々に子どもが直面する問題を子どもとともに悩み、また喜び、それを写真に表現して、ストーリーに組み上げている。
奨励賞には三澤史明の「幸福論」が選ばれた。三澤は、銀座の歩行者天国に集まる人びとの表情から日本人の幸福論を解き明かそうとしている。30点の写真の中には少々ものたらないものもあるが、現代の日本人を幸福論という言葉の裏面で風刺しているようにもとれる作品である。
その他、海外で取材した力作があったが、作者の新しい視点、独自性に欠けているなどの点が問題になった。やはり30点で組むストーリーには、テーマの内容を吟味して選ばなければならない。20点まではよいのだが、残りの10点に問題があり選から外れた作品もあった。しかし、これだけの若者たちが一流のフォトジャーナリストを目指して頑張っていることは、日本の写真界にとってこころ強いかぎりである。

「見る者を沈黙させるちから」

椎名誠 椎名誠(作家・写真家)
盲学校の子供たちの生活を描いた「名取賞」の久塚真央さんの作品につよく激しく心を打たれた。小説やノンフィクションや語りなど、ほかの表現手段では絶対になしえない「写真」という表現ではじめて伝えられる「仕事であり成果」である。さらに組写真の効果を存分に発揮した。
毎回、この賞の選考会に立ち会うとき「うまいなあ」と思う沢山の作品に出会う。優劣の尺度は「組写真」のドキュメンタリになっているか-がそのひとつ。同じくらいの重さでモチーフとテーマが問われる。うまいなあ、と思う写真には既視感にとらわれる作品がかなりあった。写真のための場所さがし、テーマさがしをしているからだろうと思う。ものすごくうまい写真だけれど、この若さの人が後追いするテーマではないだろう、と思う作品がかなりある。被写体の強さに頼る作品では意味がないのだ。
「奨励賞」の三澤史明さんの「幸福論」は写真による文学にちかい。しかしこれも文章では伝えにくい「写真の感性」が全体で力を発揮したものだ。今回受賞したふたつの作品には、見る側に思考を強いる大きな無言の力があった。漫然と対峙できないのだ。写真という手段によって「人間と勝負」している、といっていいかもしれない。結果的にはこの二つの作品群と他の応募作の差は非常に大きかったように思う。

第5回名取洋之助写真賞を審査して

金子隆一 金子隆一(写真評論家)
第5回名取洋之助写真賞は、53の応募作品の中から、名取賞には久塚真央さんの「ゆびさきの星 つまさきの星 こころのなかの星」が、奨励賞には三澤史明氏の「幸福論」が、それぞれ受賞した。
前回と同様に、応募作品はどれもレベルが高く、充実した内容を持つものばかりであった。今回の審査にあたって特に留意したのは、テーマのスケール感と社会的な普遍性、現実への深い理解と共感にもつづく構想力、そして写真表現としてのインパクトとユニークさである。これらは、名取洋之助が近代的写真表現としての報道写真に求めた「写真の力」ともいうべき要件であると考えた。
久塚さんの作品は、視覚障害をもつ子供たちとの素朴ではあるが深い共感にもとづいてシャッターが切られていよう。単に問題を要領よく分析して伝えるのではなく、写真を撮るという行為は人と人とのコミュニケーションに他ならないという、写真の力を見る者に伝えてやまない。三澤氏の作品は、一見すると何の変哲もない都市風景の写真に見えるが、そこでとらえられている人間の姿からは、人間が生きることとは何なのか、という真摯な問いかけが浮かび上がってくる。どちらの作品にも共通するのは、現実への深い共感にもとづいてシャッターを切り、その共感を写真によって社会的な力に変容させている点ではないだろうか。
今回、受賞を逃した作品には、表現の完成度はあってもテーマの立て方が外国のジャーナリズムで見たことのあるようなものが多く、結果インパクトが弱く感じられ、写真の力がストレートに発揮されていないことになってしまうのは残念であった。