2018年第14回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

2018年第14回「名取洋之助写真賞」決まる

公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している35歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第14回選考審査会を、過日、飯沢耕太郎(写真評論家)、広河隆一(フォトジャーナリスト)、熊切圭介(写真家)の3氏によって行いました。応募者はプロ写真家から大学在学中の学生までの29名29作品。男性23人、女性6人。カラー18作品、モノクロ6作品、混合5作品で、1組30枚の組写真を厳正に審査し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」に鈴木雄介「The Costs of War」と「名取洋之助写真賞奨励賞」にやどかりみさお「夜明け前」の受賞が決まりました。

○二次審査通過者

中条 望    「GENEVA~忘れられた人々~」
やどかりみさお 「夜明け前」
Takumi Wada 「Devil’s Gold~黄金に魅せられた者たち」
鈴木 雄介   「The Costs of War」

○最終審査通過者

鈴木 雄介   「The Costs of War」
やどかりみさお 「夜明け前」

2018年第14回「名取洋之助写真賞」発表会資料(PDF)

2018年第14回「名取洋之助写真賞」受賞

受賞作品「The Costs of War」(カラー・モノクロ30枚)

鈴木 雄介(すずき・ゆうすけ)

1984年 千葉県生まれ。34歳。
2011年 New England School of Photography卒業。
同年よりボストン地元紙やロイター通信でフリーランスとして活動したのちニューヨークに拠点を移す。
2011年 ハーバード大学主催 Pluralism Project Photo Contest大賞。WPGA Annual Pollux Awards ドキュメンタリー部門1位。ボストン報道写真家協会カレッジコンテスト ピクチャーストーリー部門1位。
2013年 エディ・アダムスワークショップに選出される。
2014年 7th Pollux Awards ドキュメンタリー部門1位。
Professional Photographers of the year of the Pollux Awards 受賞。
2016年 ベルリンフォトビエンナーレ 新人賞受賞。ニューヨーク在住。

 

作品について

「本当に戦争を無くしたいのであれば、もっと戦争に向き合わなければいけない」と思い、「戦争」を主軸に撮影をしている。今のこの歪な世界の源は戦争にあると思っている。現代の戦争とはどんなものか、戦争が何を生み出し、私たち人間や世界にどう影響しているか。ビジュアル化して伝えた作品。

受賞者のことば

名取洋之助写真賞を頂く事ができ光栄です。 私の写真が、世界で起きている戦争やそれに起因する諸問題に対して興味を持つきっかけとなり、ここに写っているような人々の境遇が少しでも変わればと思います。我々日本人が平和を求め、世界や後世に伝えていきたいならば、今まさに起きている戦争とも向き合い、学び直す必要があると思います。見て、感じて、心を寄せる。それが何かを変えるきっかけになると信じています。

 

2018年第14回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞

受賞作品「夜明け前」(カラー30枚)

やどかり みさお(やどかり・みさお)

1983年 東京都生まれ。35歳。
2007年 千葉大学教育学部養護教諭養成課程卒業。
同年より公立小学校の養護教諭として勤務。
2011年 写真家古賀絵里子に師事。
2015年 フリーランスの写真家として活動を開始。
ポートレイトスタジオ Fish Photo 所属。 東京都在住。

 

 

 

 

作品について

妹が双極性障害で入院した。作者も同じ病をかかえていた。躁と鬱。同じところを繰り返しているかのように見える病だ。しかし、螺旋階段を登っているかのように、少しずつ、今いる場所は変わっている。妹の心は、まだ暗闇の中だが、「夜明け前」であるだけだ。写真を撮ることで彼女が前進していることを可視化しようと思った。自身の夜明けをも見つめた作品。

受賞者のことば

素晴らしい賞を頂けたのは、妹をはじめ、今まで私に写真を撮らせてくださった全ての方々のおかげです。妹が双極性障害を発症してから、妹と、かつての自分を見守りながら、シャッターを切っていきました。写真を通して、繰り返しと思える絶望の日々の中にも、夜明けに向かって流れる時間を感じることができました。今回の受賞で、その時間が報われた思いです。それぞれに苦しむ方のところに、この作品を届けたいです。発表の場を頂けたことに感謝致します。

2018年第14回「名取洋之助写真賞」 総 評

審査風景 写真左から飯沢耕太郎、熊切圭介、広河隆一の各氏

熊切 圭介(写真家・公益社団法人日本写真家協会会長)

今回の名取賞には、男性と女性合わせて29名の応募があり、現在の世界情勢や社会の動きに強い関心を持っている人が大勢いることを示している。名取賞の鈴木雄介さん「The Costs of War」は社会の動きや人間模様が複雑になる中で、世界各地の政治活動が複雑にからみ合い、混乱した姿を見せる中で、戦争とは何か、何が原因で戦争が起きるのかなどをリアリティーある取材活動を積極的に行い、同時に細やかな眼差しで世界各地の社会や政治の動きを追って、戦争の実態を撮っている。作者は21歳の時にアフガニスタンで初めて体験した戦争に大きな影響を受け、改めて戦争と平和について深く考えるようになったという。その後、戦争の実態をより深く知るため、シリア、イラク、ギリシャ、アメリカ、ヨルダンなどの各地を経て、それまで想像していた戦争とは異なるリアルな体験をし、改めて戦争と平和について、伝えようとしている。
現在、世界が抱いている厳しい姿をリアルに描いている名取賞に対して、奨励賞のやどかりみさおさん「夜明け前」は、人間の生き方について身近な人たちの姿を通して、深い眼差しで捉えたヒューマンドキュメントで、極めてプライベートな世界に目を向けている。テーマ、内容とも重い作品で、真摯に作品と向き合うことになる。妹の心は未だ暗闇の中に居るが、少しずつ夜明けに近づいているのを、シャッターを切りながら感じたようだ。

広河 隆一(フォトジャーナリスト)

ジャーナリズムの作品は、うまい、へたを超える、より深く大きな視点でしか評価できないが、撮影対象の輪郭もわからないまま、撮りましたと応募してくる人もいる。迷いは当然あると思う。名取洋之助賞の応募者には、これまで恐る恐る応募してきた人が多かった。しかし漠然とそう感じているままシャッターを切るなら、心象記録として日記に落ち葉を貼り付けるようなものだ。それはジャーナリズムでもないし、ドキュメンタリー作品でもない。
ところが今回の受賞作品である鈴木雄介さんの作品「The Costs of War」は、一段と深く、そして激しく、この世界を伝えてくれるという意味で、優れた作品だ。被災者の側から記録するこの作品こそフォトジャーナリズムの王道の仕事であり、今後の名取賞応募者にとっても、大切な目標ができたことをうれしく思う。
やどかりさんの作品「夜明け前」は、現在の日本が直面している深く重い問題をとらえている。妹さんを撮ったものだが、明るい色調で、希望を写し取りたいというポジティブなまなざしさえ感じる。躁鬱病として知られていた病気に、撮影者である姉がなり、そして妹が同じ病気になったとき、記録することで苦しみと希望のなか、光に向かって歩みだそうとした。写真に新しく大切な意味合いを与え、それを糧に2人は息をのむような、いのちの世界で光を見ようとしている。この背景には、鬱屈とした出口がないように見える今の日本がある。撮影者と被写体の2人を心から応援したい。

飯沢 耕太郎(写真評論家)

今年の名取洋之助写真賞は、応募点数はそれほど多くなかったが、充実した内容だった。
特に名取賞を受賞した鈴木雄介さんの作品「The Costs of War」のクオリティーの高さは特筆すべきもので、満場一致で選出されたのも当然といえるだろう。アメリカ・ニューヨーク在住で、既にフォト・ジャーナリストとして数々の賞を受賞している彼の写真のあり方は、プロフェッショナルとしての意識の高さと相まって、他の応募者たちとはひと味違うものだった。「戦争」という非日常的な状況が、むしろ世界中で日常化しているという現実を直視する視点も揺るぎないものがあり、今後の活躍がさらに期待される。
奨励賞を受賞したやどかりみさおさんの作品「夜明け前」は、鈴木さんとはまた違った意味で印象に残るものだった。近親者(妹)の精神的な疾患を受けとめ、見守りつつ撮影された写真群には、距離感の近さと切実さで見る者の心を揺さぶる力が備わっている。比較的明るいトーンで全体をまとめたのも、とてもよかったと思う。やどかりさんも、ぜひ自分なりのドキュメンタリー写真の方向性を切り拓いていってほしい。
今回は他にもいい作品がいくつかあった。次回もさらなる力作、意欲作を期待したい。


授賞式:平成30年12月12日(水)午後4時30分  東京都新宿区 アルカディア市ヶ谷「富士の間」
受賞作品展:

平成31年1月18日(金)~24日(木)富士フイルムフォトサロン東京
平成31年2月15日(金)~21日(木)富士フイルムフォトサロン大阪