2019年第15回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

2019年第15回「名取洋之助写真賞」決まる

公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している35歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第15回選考審査会を、過日、飯沢耕太郎(写真評論家)、清水哲朗(写真家・JPS会員)、野町和嘉(写真家・JPS会長)の3氏によって行いました。応募はプロ写真家から大学在学中の学生までの33名35作品。男性24人、女性9人。カラー29作品、モノクロ6作品で、1組30枚の組写真を厳正に審査し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」に和田拓海「SHIPYARD~翼の折れた天使たち」と「名取洋之助写真賞奨励賞」に藤本いきる「おじりなりてぃ」の受賞が決まりました。

○最終選考候補者
・凖「周りの人」   ・藤本いきる「おじりなりてぃ」
・川嶋 久人「もう『アッサラム アレイクム』とは挨拶できない 中国新疆ウイグル自治区Before and After」
・佐藤 好起「僕たちは空につつまれる。」    ・鄒 楠「抗白家族」
・和田 拓海「SHIPYARD~翼の折れた天使たち」  ・佐藤正純「“Fitz traverse”」

第15回「名取洋之助写真賞」受賞

受賞作品「SHIPYARD~翼の折れた天使たち」(カラー30枚)

田 拓海(わだ・たくみ)

1988年 千葉県生まれ。30歳。
大学在学中、単身カナダに渡り、路上生活者を撮影したことをきっかけに写真家を志す。
以来、独学で写真を学ぶ。
2018年 International Photography Awards (IPA) 一般ニュース部門第1位。
第43回「視点」優秀賞受賞。
2019年 Moscow International Foto Awards (MIFA) 環境部門 金賞。
シエナ国際写真賞 ドキュメンタリー&フォトジャーナリズム部門 ファイナリスト
他受賞多数。
現在、主に貧困や児童労働、難民問題などをテーマにフリーランスフォトグラファーとして
活動中。国際ジャーナリスト連盟 (IFJ)メンバー。SOPA Images (香港) 所属。千葉県在住。

作品について

バングラデシュの首都ダッカを流れるブリゴンガ川の川岸では、世界で解体される船の多くが処理されている。そこで働く労働者はリスクと隣り合わせにおり、特に子どもの労働は問題だと作者は考える。そのことに関心を持って疑問を投げかけることにより、世界を豊かなものにできると信じ、撮影した作品。

受賞者のことば

この度、名取洋之助写真賞を頂くことができ大変光栄に思います。私の写真によって、過酷な環境に生きる彼らの存在を少しでも知るきっかけになればと願っています。いつの時代も子どもは“宝”です。私一人の力では問題を解決することはできません。しかし、それぞれの立場にある人が協力し合えば、決して解決できない問題はないと私は信じています。これからも、一人でも多くの人に写真を通して伝えられるように精進して参ります。

第15回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞

受賞作品「おじりなりてぃ」(カラー30枚)

本 いきる(ふじもと・いきる)

1984年 香川県生まれ。34歳。
幼い頃、身近な人の死を次々に経験。両親が記念に撮影していたビデオや写真を見て、鮮明に存在する命の姿に刺激を受け記録することに興味を抱く。
2009年 ビジュアルアーツ専門学校・大阪 写真学科 卒業
2007年〜2017年「おじりなりてぃ」撮影
2019年 第84回香川県美術展覧会 記念展新人賞 受賞
活きる芸術を模索しながら、「ikiru art」にて活動。香川県在住。

作品について

写真学校時代の友人・青木昭さんをモデルにした作品。青木さんは定年退職後、写真を学び始めた。このタイトルは青木さんが「オリジナリティ」を言い間違えたことに由来する。家族を失い、本人には膵臓癌が発覚する。発病前よりも精力的に写真を撮り生きて逝った青木さんに捧げた作品。

受賞者のことば

受賞の知らせを頂き、青木さんの顔が浮かびました。彼は自死遺族という立場に置かれながらも、懸命に生きる姿をありのまま見せることで、社会貢献になればと願っていました。青木さんを元気にしたい気持ちで撮影していたつもりでしたが、人生は突然の連続。どんなに苦しくても、この世界は捨てたものじゃないと、私のほうが元気づけられた10年間でした。本賞を、青木さんが歩まれた人生に捧げます。ありがとうございました。


2019年第15回「名取洋之助写真賞」総評


野町 和嘉(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会長)

名取洋之助写真賞の審査会には過去2度立ち合ってきたが、今回初めて審査員として作品と向き合うことになった。
昨年、一昨年と比べて、今回はクオリティー的にも充実しており、発表舞台も限られ厳しい環境におかれているにもかかわらず、ドキュメンタリーを志向する若手写真家たちの、気迫と熱気に触れ刺激をもらった貴重な時間であった。
名取賞受賞作、和田拓海「SHIPYARD〜翼の折れた天使たち」は、過去に何度も撮られているバングラデシュの廃船解体現場で、児童労働に焦点を絞り肉薄したアプローチが訴求力を発揮した。子どもたちとの距離感、空間描写、どのショットも申し分のないカメラワークである。奨励賞の藤本いきる「おじりなりてぃ」は、家族に先立たれ天涯孤独となったあげくに末期ガンに罹り、自らの死と向き合う老写真家の日々を、友人として、ときにユーモア溢れる視点で“いのち“を見つめ淡々と撮りきった優れたドキュメントである。ただ挿入された風景写真にもう少し配慮がほしかった。

 

清水 哲朗(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会員)

自身の写真家活動におけるターニングポイントと言えるのが、第1回「名取洋之助写真賞」受賞。そこに審査員として関わることに感慨を覚えました。応募から発表までの緊張感は未だに忘れられず、応募された35作品を当時の自身と重ねるように拝見。格段に上がっているレベルに唸りました。注視していたのが、テーマ、構成、被写体との関わり。
名取賞受賞の和田拓海さんはバングラデシュの船舶解体・修復現場を丁寧に取材。主観的にならないギリギリの客観的視点を保ちつつ、困難な現場で生きなければならない人々の現状を淡々と伝えていく姿勢にドキュメンタリーの本質を垣間見ました。さらには昨今世界的主流となっているアートドキュメンタリーを意識した美しいプリントで他作品を圧倒。30作品の構成も上手く、文句なしの受賞でした。奨励賞の藤本いきるさんは、息子さん奥さんを次々と亡くし、ガンを患う写真愛好家を記録。好きな写真撮影に生きる希望を託しつつ、病魔に侵され日々衰退していく姿、闘病から最期までを畳み掛ける後半、時間の流れの描写が実に巧みでした。時にユーモアを交え、写真愛好家らしく遺影で家族一緒になるフィニッシュにも感情を揺さぶられました。
全体的には既視感のある内容やアプローチ、踏み込みが甘く旅人から抜けきれない作品は勝ちきれなかった印象。将来の可能性よりも完成度の高さで選んだ選考となりました。

 

飯沢 耕太郎(写真評論家)

第10回目から名取洋之助写真賞の審査をしているのだが、今年が一番充実した内容だったと思う。最終審査に残った作品は、どれも見所があり、可能性を感じることができた。
その中で総合的に最も評価が高かったのが、和田拓海さんの「SHIPYARD~翼の折れた天使たち」だった。バングラデシュの首都、ダッカで船舶の解体・修復業に従事する労働者たちを、長期にわたって取材した労作である。的確なカメラワーク、写真の選択や構成の巧みさはもちろんだが、そこで危険な作業に従事する子どもたちにスポットを当てたことが成功した。和田さんはカナダで路上生活者の撮影をきっかけに写真家を志す。写真を独学で学び、国際的なフォト・ジャーナリストとして活動している。次はぜひ、日本の社会問題に眼を向けたドキュメンタリーにも取り組んでもらいたい。
奨励賞を受賞した藤本いきるさんの「おじりなりてぃ」は、「切実さ」という点においては群を抜いた作品だった。写真学校でともに学んだ年上の友の闘病生活を間近な視点で撮影し続け、その最期までを看取っており、一枚一枚の写真に説得力がある。このような、若い世代の地に足を付けたドキュメンタリーから、新たな切り口が育っていくのではないかという予感がある。次作に大いに期待したい。


授賞式:

2019年12月11日(水)午後4時30分 東京都新宿区 アルカディア市ヶ谷「富士の間」

受賞作品展:

2020年1月24日(金)~30日(木)富士フイルムフォトサロン東京
2020年2月7日(金)~13日(木)富士フイルムフォトサロン大阪