2022年第17回「名取洋之助写真賞」受賞者報告

2022年第17回「名取洋之助写真賞」報告

公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している35歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第17回選考会を、過日、山田健太(専修大学教授)、清水哲朗(写真家・JPS会員)、野町和嘉(写真家・JPS会長)の3氏によって行いました。応募はプロ写真家から在学中の大学院生までの9名10作品。男性8人、女性1人。カラー8作品、モノクロ1作品、モノクロ・カラー混合1作品。1組30枚の組写真を厳正に選考し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」は「該当者なし」となり、「名取洋之助写真賞奨励賞」に鄒 楠「燕郊物語-中国の白血病村」の受賞が決まりました。

○最終選考候補者
・鄒 楠「燕郊物語-中国の白血病村」
・小山 幸佑「私たちが正しい場所に、花は咲かない」
・鈴木 竣也「"Too far from you…"」

第17回「名取洋之助写真賞」 該当者なし

第17回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞

受賞作品「燕郊物語-中国の白血病村」(モノクロ30枚)

鄒 楠(すう・なん)

1989年  中国江蘇省生まれ。33歳。

2018年  九州産業大学芸術学部写真映像学科卒業

2020年  九州産業大学大学院 芸術研究科造形表現専攻

              博士前期課程 修了

2020年~ 九州産業大学大学院 芸術研究科造形表現専攻

博士後期課程 在学中

 

作品について

中国の北京と河北省の境にある「燕郊」という町は、中国で最も有名な血液病専門病院の一つ、「河北燕達陸道培醫院」がある。一般的に白血病患者は治療費が約100万元(1,500万円)以上かかる。中国の平均年収は3万5千元(70万円)で費用の負担が重い。中国北部の白血病治療で有名な病院は北京にあり、医療費・家賃が高く、郊外の燕郊は費用が安く抑えられ、多くの患者と家族は河北燕達陸道培醫院を選ぶ。燕郊に住む患者の家族たちは出身地により「同郷会」という自救団体を設立し協力しあっている。中国ではこの小さな社会を「白血病村」と呼ぶ。患者と「白血病村」に住む家族たちの生活を記録した作品。作者が「運命の不幸に対して、どうやって受けるのか、どうやって生きているのか」との問いに向き合える力作である。

受賞者のことば

名取洋之助写真賞の奨励賞をいただき、とても栄誉のあることと感動しています。私の幼年期の友人は「白血病」で亡くなりました。そのことがきっかけで中国「白血病村」の取材を始めました。3年間の撮影では、新型コロナの時期と重なり、様々な困難がありましたが、取材を受けていただいた方々に感謝しています。この作品を通じて、患者たちの現状に、社会から目が届くことを願っています。


2022年第17回「名取洋之助写真賞」総評

審査風景 写真左から清水哲朗、野町和嘉、山田健太の各氏


野町 和嘉(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会長)

先ず今回、第17回名取洋之助写真賞をめぐる応募環境が大変厳しかったことに触れておかなくてはならない。例年、名取賞には、20~30作品前後の力作が寄せられてきたが、今回の応募作品数は10作品のみ、応募写真家は9名という厳しい結果であった。言うまでもなく、コロナ禍が3年目に入り、大幅な旅行制限、行動自粛が続くなかで、テーマを掘り下げて取材対象となる人々と深く交流を重ね、30点の作品を撮り下ろすことに相当の困難があったと推察する。

応募作品の中では、中国江蘇省の出身で,九州産業大学大学院芸術研究科の博士課程に在学中の鄒楠さんの、白血病村のルポルタージュ作品「燕郊物語―中国の白血病村」が注目を集めた。ゼロコロナを掲げた中国のひときわ厳しい状況下にあって、難病を抱えて死と隣り合わせのところに追い込まれた患者と、その家族たちの空間に密着した撮影は、相当な困難が伴ったであろうことが推察される。

経済的に困窮し追い詰められた患者と家族に密着した労作であることは評価できるが、極めて重厚なテーマであるだけに、もっと肉薄し、また多面的に光を当てることでさらに深みのある作品に結実できたのではないか、との思いから、更なる継続取材への励ましをこめた奨励賞とし、残念ではあるが、名取洋之助写真賞は今回は該当作なしとした。

清水 哲朗(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会員)

全体的に静かで展開に乏しく、30枚組を形にできなかった作品が多い印象を受けました。作者から湧きあがる感情や行動力、取材力の乏しさがそのまま作品に反映されたのでしょう。視点もオーソドックスで、1枚ごとの写真力が弱く、淡々とした内容の羅列で記憶に残りにくく心を揺さぶられない。世間に実態を知らしめるためには第三者の共感を呼ばなければ何も始まりません。
ドキュメンタリー作家を志す人は一定数いると信じていますが、写真を扱うメディアや指導者の少なさ、ドキュメンタリー表現の形が「写真から動画」へと置き換わっている影響もあるのかもしれません。撮りっぱなし動画のような組写真の構成、展開に加え、文字に頼った撮影、長文のキャプション、応募票800~1,000字の撮影意図以外に別途ステートメントまでつける応募者がいたのも伝えかたの変化を感じました。
名取洋之助写真賞奨励賞、鄒楠さんの作品はプリントも美しく、応募作では最も写真力がありました。扱う題材も重く難しいもので中盤までの構成展開は惹きつけられました。ただ「祈り」を描いた最後の5枚が弱く最高評価までは至りませんでした。歴代受賞者として名取洋之助写真賞「該当者なし」は苦渋の選択でしたが、この結果を今後の飛躍に繋げてもらいたいです。

 

山田 健太(専修大学教授)

ドキュメンタリーフォトの重要な要素としての、いま伝えるべきことを、いま伝えるという熱い思いが、応募作品全体から十分に伝わってこなかったのが残念だった。コロナがあったり戦争が起きたりと、海外をはじめとして取材の制約が多いとしても、社会の課題は目の前に存在し続けているどころか、より多様化・深刻化している。日ごろから社会的関心をきちんと持つことで、自分ならではの視点を見つけて被写体に向き合って欲しい。今日の写真や映像が溢れている時代だからこそ、専門性を持った「プロ」の眼がより重要になってきていることからすれば、本賞の意味は一層重要になっているし、粗削りでもチャレンジングな若い皆さんの応募を心待ちにしたい。
そうした中、社会性と物語性という観点から、中国河北省の「白血病村」を追った作品を奨励賞に選んだ。病との闘いを乗り越えるのに人とのつながりや信仰に救いを求める姿は古今東西共通するもので、その普遍的テーマと療養者家族の集団生活という固有の状況をうまく組み合わせ、患者や家族にまっすぐ向き合った姿勢を評価したものの、縦軸・横軸ともに取材に厚みが欠けている点が否めない。そのほか、パレスチナを扱う作品で手紙を核に据えたユニークな手法が目についたが、作品全体としてまとまりやインパクトの点でもう一工夫がほしかった。

 


授賞式:

2022年12月7日(水)アルカディア市ヶ谷又はJCIIビル6階(予定)

受賞作品展:

2023年1月20日(金)~26日(木)富士フイルムフォトサロン東京

2023年2月17日(金)~23日(木・祝)富士フイルムフォトサロン大阪