受賞者
ハービー・山口(はーびー やまぐち)
【受賞理由】
一貫して「人間の希望」をテーマに作品を撮り続け、「人を幸せにする写真」を発表。さらに日本写真芸術専門学校で校長を務めて後進の指導にあたるなど、常に写真の魅力を発信し続けている姿勢に対して




ハービー・山口 HJPI320110001753
ハービー・山口プロフィール

1950年、東京都出身。中学2年生で写真部に入る。1973年にロンドンに渡り10年間を過ごす。一時期、劇団に所属し役者をする一方、パンクロックやニューウエーブのムーブメントに遭遇し、撮影された生きたロンドンの写真が高く評価された。帰国後も国内アーティストとのコラボレーションをしながら、常に市井の人々にカメラを向け続けている。
2011年度日本写真協会賞作家賞受賞。
日本写真芸術専門学校校長。
公益社団法人 日本写真家協会会員。
主な写真展
「1970年、二十歳の憧憬」キヤノンギャラリーS 2010年
「HIKARICAL SPACE 雲の上はいつも青空」滋賀県立美術館 2013年
「未来への世界地図」小海町高原美術館 2019年
「時間(とき)のアトラス」ライカギャラリー京都 2019年
「HOPE2026 シャッターを切った時、幸せだった」フジフイルムスクエア 2026年
主な著書物
「LONDON AFTER THE DREAM」流行通信 1985年
「代官山17番地」アップリンク 1998年
「Hope 空、青くなる」講談社 2009年
「1970年、二十歳の憧憬」求龍堂 2010年
「Somewhere Sometimes in Japan」スーパーラボ 2025年
【受賞の言葉】
この度は名誉ある賞の第一回目に選んで頂き、その名誉の大きさに身が引き締まる思いです。私は生後間もなく結核性の「腰椎カリエス」という病気に罹患し少年期を過ごしました。10代の終わりに医師から、将来は平常な生活が出来ますと告げられた時、写真部に所属していた私は、写真のテーマを「生きる希望」に決めました。ほぼ同時期、近所の友人たちのバンドに参加した時、ハービーというニックネームが付いたことで、ハービー・山口という新しい人間になって、病気によるネガティブな思い出を払拭し、夢を抱いて生きいこうと願い現在に至ります。この受賞を機に、写真へのさらなる努力を続けたいと気持ちを新たにしております。ありがとうございました。
【お知らせ】
授賞式:12月9日(水) アルカディア市ヶ谷(私学会館)
写真展:12月17日(木)~23日(水) アイデムフォトギャラリー「シリウス」






ハービー・山口 HJPI320110001753
【選評】
熊切大輔
ハービー・山口氏の永遠のテーマである「希望」「幸福」。その一貫した思い、そして取り組みの情熱は今もなお、むしろさらにパワーアップしていると感じられる。1973年に渡英しパンクロックなど若者文化を中心に鋭く切り撮ってきた。一方で街のなにげない人々の持つ物語を優しい目線で捉え続けてもいる。
2026年フジフイルム スクエアで大規模な写真展「HOPE 2026」を開催。1970年代の初期作品から最新作まで約100点を展示しその集大成的展示には2万人を超える来場者を記録し、多くのファンを魅了した。そして日本写真技術専門学校の校長にも就任し、次代を担う写真家の育成にも積極的に取り組まれている。また、写真家としての活動にとどまらず、エッセイスト、ラジオパーソナリティー、作詞家など幅広い領域で表現を続け、写真というメディアの魅力を社会へ伝えてきた。
写真家として、表現者として、そして教育者として、今なお第一線で活動を続けるその歩みは、日本の写真文化における大きな財産であり、後に続く写真家たちにとっての確かな道標である。長年にわたり日本の写真文化の発展と普及に尽くしてきたその功績を、ここに深く敬意を表し、称えるものである。
宇井 眞紀子
ハービー・山口氏は、幼い頃に腰椎カリエスを患った。それが治癒した10代の終盤、初めて「生きる希望」を感じ、それを写真のテーマにしようと決めた。ほぼ同時期に参加していたバンド内でハービーというニックネームが付き、ハービー・山口と名乗ることで新しい自分になり、写真の道で生きていこうと決意した。大学卒業後に渡英。そのまま9年間過ごした。その間、劇団員として数々の舞台に立つなど様々な経験をかさねつつ、写真家としての人生を歩んだそうだ。作家の人間性が作品に表れると言われることはよくあるが、辛い病気の体験から希望を見いたした人生がその作品を形作っているように思う。
ハービー・山口氏の写真には、人々を笑顔にする力がある。昨今無表情のポートレートの方が被写体の内面を表現できるという考えのもと「笑わないでください」とお願いする撮影方法をよく目にするようになったが、ハービー・山口氏が捉えた被写体は作りものではない自然な笑顔を向けている。方法論ではなく、被写体に向き合う姿勢がそうさせるのではないだろうか。
希望を感じさせる作品群は、今もなお戦争が止まない世界で、人と人をつなぎ生きることを応援するものだ。一貫して「人間の希望」を写真のテーマとして作品を撮り続けているハービー山口氏は、第1回JPS写真家賞にふさわしい。
白山 眞理
10代で写真家を目指したハービー・山口氏は渡英後にさらにその情熱を燃やし、1981年のある日、ロンドンの地下鉄で一世を風靡するパンクバンドのスターに出会った。何枚か撮ってお礼を述べると、「撮りたいものを撮るんだ。それがパンクだ」と告げられた。インスパイアーされた彼は、内外のミュージシャンや俳優、一般の人々と向き合い、ポートレートに内面の美しさやしなやかな強さなどを表現して、写真家としての評価を確立した。
代表作『代官山17番地』(1998年)では解体直前の同潤会アパートの日々と良き未来を願う若者たちの姿を、また、東日本大震災後の東北を巡ってまとめた『HOPE 311 陽、また昇る』(2012年)では、未曾有の困難に対して笑顔で向き合う不屈の人々を写しだした。嘆きや憤りよりも滲み出る優しさや静かな決意に目を向けるのが彼の表現であり、人生観の現れといえよう。その作品には明日への希望や励ましがこめられており、不安や閉塞感を感じやすい若者たちからの支持も大きい。
長年に亘ってこうしたスタイルを貫くハービー・山口氏の姿勢は他の追随を許さぬもので、第1回JPS写真家賞を授賞するに相応しい。今回の授賞を機に、そのポジティブなメッセージをより多くの方々と共有できるようになれば幸いである。
【JPS写真家賞について】
公益社団法人日本写真家協会は、2026年に「JPS写真家賞」創設しました。この賞は、「笹本恒子写真賞」(2017~2025年)から名称変更した賞となります。「時代を捉える尖鋭な眼差しとヒューマニズムに裏打ちされた作品世界」という笹本氏の精神を継承しつつ、優れた写真表現を制作する作家を広く顕彰するために設けられました。
選考委員
熊切 大輔 (JPS会長)
宇井 眞紀子 (写真家・第1回笹本恒子写真賞受賞・JPS会員)
白山 眞理 (写真評論家)
